「作法としてのFuck」2019年9月15日の日記

日記

・どこかの動物園では「ヤギのフンおかたづけ体験」ができるらしい。

・フンの片付けなどヤギと暮らしている人にとってみればただの雑用なのだが、たいていの人はヤギに接すること自体が珍しい体験である。そういう人々にとってみれば、ヤギのフンの片付けもレジャーになる。うまいことを考えたものだと思う。「~体験」とつくだけでそれはレジャーだ。

・ところで、近頃のラーメン屋はあまりチャーハンを出さない。出すのは、昔ながらの中華定食屋のようなところが多い。なぜかというと、単純に作るのが大変だから、らしい。米を大型の鍋でじゃかじゃか炒めなければならない。手の負担になるし、時間がかかるし、自動化も難しい。だったら出さないほうがよい、という判断をする店がたくさんある。

・今日行ったラーメン屋にはチャーハンがあったのだが、それが「鉄板に白ごはんと具材が乗っていて、自分で混ぜる」という方式だった。なるほど、これなら作る手間がほぼないし、客は「アツアツご飯を混ぜる」というレジャーを楽しむことができる。めんどうな雑用を押し付けつつ、それを意識させない。よくできている。

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・それにしたってこの堂々とした佇まいはすごい。


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