「フロウ」2025年11月1日の日記

日記

フロウ #1

記憶って、思ってるより断片的だよね。そう思わない?

いや、急にこんなこと言われても困ると思うけどさ。でも本当にそうじゃん。朝起きて会社行って、仕事して、メシ食って、仕事して、帰ってきて、またメシ食って寝る。

その間のこと全部覚えてるかって言われたら、普通覚えてないよな。

必死に探してた印鑑が冷蔵庫の中にあったりとかさ。「俺、何考えてたんだよ」みたいなこと、無意識のうちにやってたりするじゃん。

こういうことってあるよな?

だよな。

だから最初はさ、そういうものかと思ってたんだ。うっかり的な。

きっかけは、駅で水色の手帳を拾ったことだった。小さめの、パステルブルーのやつ。表紙には白い小花の模様が型押ししてあって、角が少し丸くなってる。明らかに女の子っぽい感じのやつ。駅のホームで黄色い線の外側に落ちてた。

あ、なんか落ちてるな、と思って、何気なく拾ったんだよ。

そしたら手帳だったからさ、みどりの窓口に届けようと思って。で、窓口に向かって歩きながら、なんとなくペラって中をめくったんだよ。ちょっと気は引けたけど、落とし主の名前くらい書いてあるかもしれないし、って。

1ページ目を開いたら「ありがとう」って書いてあった。

いや、この言い方だとなんか怖いか。文字自体は別におどろおどろしい雰囲気じゃなくて、女子っぽい丸文字で「ありがとう!」みたいな感じ。ハートマークまでついてた。

で、ほかのページは全部白紙。予定も何も書いてない、まっさらな手帳。

なんか変な感じがしたけど、落とし物は落とし物だから窓口に届けたわけ。

で。

絶対、それからなんだよ。

いや、つっても女の幽霊が見えるようになったとか、声が聞こえるとか、そういうことじゃなくて。

順を追って説明したほうがいいか。

最初に気づいたのは、本棚だったかな。

仕事から帰ってきて、なんとなく本棚を眺めてたんだよ。別に何か探してたわけじゃなくて、ただぼーっと見てただけ。そしたら、見覚えのない本が1冊ささってた。

薄いピンクの背表紙で、タイトルは『君の名前で呼ばれたい』みたいな、恋愛小説っぽいやつ。俺、本はわりと持ってるほうだけど、そういうの読まないんだよな。漫画のほかはミステリーとかSFとか、そっち系しか買わない。

手に取って表紙を見ても全然見覚えなくて、でも真ん中らへんにしおりが挟まってた。

まあ、酔っ払って買ったのかな、とか適当に考えて、そのままにしてたんだよ。間違えてワンピの新刊2回買ったこととか全然あるし。

次は、コンビニ行ったときかな。

仕事で疲れて帰って、メシでも買うかと思ってコンビニに入ったら、いつのまにか家のベッドでスマホ見てる自分がいるわけ。まあ、そういうことはあるっちゃあるじゃん。

なんか気づいたらカップラーメンも食べ終わってた。でも、テーブルの上に空の容器が2つあったんだよ。2個も買うほど腹減ってなかった気がするんだよな。しかも1個は俺があんま食べないシーフード味だし。

あれ、って思ったけど、疲れてたし、腹いっぱいすぎて、すぐ寝ちゃったんだけどさ。絶対変なんだよ。

それで、次の週の日曜日だったかな。洗濯物干すかー、と思ったのは覚えてるんだけど、いつのまにかベランダに干し終わってて、俺はネトフリ見てた。

で、マグカップが2つ、流しに置いてあった。

両方ともコーヒーを飲んだ形跡がある。底に茶色い液体が少し残ってて、カップの内側には飲み口のあたりまでコーヒーの跡がついてた。

片方は俺がいつも使ってる黒いやつなんだけど、もう片方は……ちいかわのうさぎの絵が描いてあるマグカップがあるわけ。絶対に俺の趣味じゃないじゃん。さすがになんかおかしいって思って。でもどうしようもなくて。ただただキモいみたいな。

それから、どんどん、どんどん、そういうことが増えていったんだよ。

テレビのリモコンの位置が毎日変わる。俺はいつもテーブルの右端に置くのに、左端にあったり、ソファの上にあったり。

いつのまにか歯ブラシが2本になってた。ピンクと青。俺のは青だと思うんだけど、ピンクのやつも毛先がちょっと開いてて、使った形跡がある。

冷蔵庫の中身も変わってた。俺が買わないようなものが増えてる。豆乳とか、サラダチキンとか、0カロリーゼリーとか。野菜室にはパクチーまであった。俺、パクチー大嫌いなんだよ。

ベッドのシーツを変えようと思ったら、枕が2つあったし。

クローゼットを開けたら、ワンピースが3着、ハンガーにかかってたな。パステルカラーの春っぽいやつ。

どれも全然、身に覚えがなくて。

意識がフッと途切れた隙間に、さしこまれるみたいに、そういう痕跡が残ってるだけ。

昨日はさ。

玄関の靴箱の上に水色の手帳が置いてあった。

俺が駅で拾ったやつ。おかしいよな、窓口に届けたのに。

もしかしてって思うんだよな。

俺、幽霊と付き合っちゃったんじゃないかって。

いや、幽霊って俺、べつにぜんぜん信じてないんだ。

物理法則に逆らった霊現象なんてありえないって思うからさ。

でも俺の場合、たとえば長い髪の毛が落ちてるとか、鏡に女が映ってるとか、そういうのが一切ない。

「霊じゃないと説明がつかないこと」がない。

単に俺の頭がおかしくなってて、二重人格で、一人二役してるんだったら説明がついちゃうんだよ。

手帳だって窓口に届けたと思い込んでるだけで本当は持ち帰ってたのかもだし。

でも。

だから、本当に幽霊なんじゃないかって思って。

幽霊って本当は、髪の毛だの血痕だのを派手に残すような存在じゃなくて、あくまで気のせいとか精神疾患で説明がつく隙間を選んで、そこに入ってくるやつらなんじゃないかって。

そうだとしたらさ。

どうしようもないよな。

それが俺、すげえ怖くて。

めちゃくちゃめちゃくちゃ怖くて。

どう思う?

俺、どうすればいい?

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました