・動画が出てます。「なんか自分はそれを楽しめないんだよな~」を話す動画が出てます。
・私は「戦略性の高いゲーム」が苦手だ……という話をしています。
・「やりくり」全般、みたいに言い換えてもいいかもしれない。限られたリソースをどうにかこうにかして、正解のない困難の中でベターに生き抜く、みたいな状況がどうにも苦手だ。
・といっても一切楽しくないわけじゃなく、作戦を考えて突破するのが面白いという感覚もわかるのだけど、体力や資金が削られてジワジワ貧乏になっていく感覚からくる焦燥が楽しさの上に被さってきてしまう。
・実生活でも「節約」が好きじゃない。「こっちのスーパーのほうが20円安い」みたいな情報に興味がもてない。そりゃ安いほうが良いし、安く買えるなら買うけど、それを気にして比べている時間全般に心の負荷を感じるのだ。
・こういった感覚の根本には「自分の成長を楽しめない」……というか「自分の成長を信じていない」というのがある気がするな。トライ・アンド・エラーの集積が自分自身を変える体験をゲームの中に求めてなくて、自分がまだ見たことのないものを見られる装置としてゲームを利用している。そう考えるとなんか幼稚な感性な気がしてきて、ちょっと恥ずかしいな……。
・動画内でも言ったけど、一意に定まる正解があるものは好きなんですね。小説だとミステリばっか読むし、ゲームは謎解き系に時間を割いている。その先に確実に発見や驚きが用意されているという期待感……というか、あるシチュエーションが存在して、その状況から考えうるもっとも面白いルートを辿らせてもらっているな……と思えるのが嬉しい。戦略系のゲームって、プレイするたびに状況が変わるじゃないですか。当然それはゲーム内容が実現しうる最も面白い状況とは限らないわけで、むしろその一回性と己のプレイングによって「特別なもの」に変質させていく工程が本質なんだと思う。私はそれがなんかこう肌に合わないのかもしれん。「自分が一生懸命頑張ったから何なんだ」と思ってしまう。
・あと、元も子もないことをいうと、単純に忙しくてガッツリゲームやれてないだけ、っていうのもあると思う。子供の頃は戦略的ゲームも今よりはできてた気がするし。気軽にゲームを買えるようになり、使える時間は半分以下になったとき、ちょっとしたストレッサーが離脱の要因になっちゃうだけなのかも。
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