・動画が出てます。パッケージだけ見ると「これ……大人がやるゲームか!?」みたいな感じのゲームなんだけど、大人がやったほうが面白いです(知識を使うから)。
・それにしても、「お題 アツアツのもの」で、「ビーフステーキ」が通らなかったことについては、「そうなんですね」と思った。いや、もう「通さない」で終わったことだから、今更なにがどうとは言わないけれど、純粋に「そうなんですねえ」と思いました。
・「鍋焼きうどん」「グラタン」は通って「ビーフステーキ」は通らないんだ。鉄板、アツアツですけどね。それは結構ですけどね。じゃあ、これからも戦ってくださいね、と思います。5000人の集団の中で「ビーフステーキはアツアツだろw」というノリが生じたとき、1ミリメートルの揺らぎもなく「ビーフステーキはアツアツじゃないでしゅ!」と戦えるんですね。本当にそれくらいの強度を持って言っているのですね、と。
・ああ怖い。雰囲気って怖い。いったん人にケチをつけようと思ったら何にだって瑕疵を見つけられてしまうのだから。初動で「ん?」と言ったやつの立ち回り。たったそれだけで常識は創り変えることができてしまうのだから……。
・正しく在ることを、諦めるな。



コメント
納得できる主張でした。
少しだけ付け加えるとしたら、「面白い人」の定義(感情を揺り動かしたり、新しいことをしたりできる人)は少しだけ狭められるなと思いました。
例えばJKローリングは小説ハリー・ポッターという面白いものを作りましたが、それだけで面白い人とは言えなさそう。ここでの「面白さ」は特に「笑い」を喚起する方向性を表している気がします。
でもそれだけでもなくて、例えばとても笑えるコメディ小説を書く作家や、コメディ映画の監督が、普段はとても寡黙で仏頂面な人だったとき。「面白い人」とは言えなくはないですが、元の文脈(面白い人は性格が悪い)で想定している「面白い人」からは外れるような気がします。
一方、コント師や漫才師、大道芸人やピエロといった人を想定すると、例え普段は寡黙で仏頂面だったとしても、元の文脈の「面白い人」に入る気がするのです。ここで言う「面白い人」って、身体性や言動に依存しているような気がします。
ちょっとここまでしか考えが進みませんでしたが…もしかして、こう感じるのは私だけですかね?